靖子は一方的に電話を切った。正志はとりあえず電話が切れてほっとした。彼には彼女が一体何を言いたかったのかよく理解できなかったからだ。そして、彼女に対してどういう言葉を掛けたらいいのか見当もつかなかったからだ。ただ、電話が切れた直後に彼は、今度彼女に対してどう接すればいいか少し悩んだが、ごく自然に接した方がお互いにいいと思い直して、なるべく靖子のことは意識にしないようにした。
それからしぱらくして、正志のところにサークルの1回生から電話連絡が入り、引き続いて彼が藤井美貴のところに電話することになった。彼は美貴と電話で話したいことがあったので、ちょうど好都合だった。美貴に電話した彼は、サークルの連絡をてっとり早く済ませ、話したかった本題の方に入った。
「ところで、藤井さん。ちょっと急なんだけど、明日の夕方遊びに行ってもいい?」
「えっ、明日ですか?」
「そう。明日は都合が悪い?」
「いえ、都合は悪くないんですが、誰と来るんですか?」
「俺一人で」
「えっ、一人で?」
「そう。何か都合悪い?」
「いえ、都合は悪くないんですが、何しに来るんですか?」
「えっ! ・・・・・サークルの件で相談したいこともあるし」
「それじゃあ、今電話でいいじゃないですか」
「いや、電話では話しにくいことなんだ」
「本当に来るんですか?」
「ついこの前、遊びに行ってもいいって言ってたよねえ?」
「そんなこと言いました?」
「確かに言ったよ」
正志のかなり強引な提案を美貴は渋々承知した。だからこそ彼は、電話ではしにくいサークルの相談内容を今晩じゅうに必死で考えなければならなくなった。
その翌日の夕方、正志と美貴はこの前三人で待ち合わせたのと同じ場所、同じ時間に会う約束をしていた。正志が時間どおりに到着した時、美貴はもう来ていた。
「小川さん。本当に来るんですか?」
「もちろん」
「どうしてここで相談できないんですか?」
「君を泣かしてしまうかもしれないから」
「わかりました。じゃあ、行きましょ」
美貴は一人歩き始めたので、正志もあわてて並んで歩いた。歩き出してすぐのパン屋のところで正志は、また前みたいに川野が向こうからやって来るんじゃないかと冷や冷やしていたが、幸いにも知り合いには出会わなかった。
美貴ははっきり言って美人だった。だから、サークルの内でも外でもかなり人気が高かった。さらに、彼女にはハンサムなサッカー部の2回生とつきあっているという噂があったが、それも十分にありえそうな話しだった。