もし真面目な顔で切り出していたにも拘らず、あきらめて空しく帰る羽目になったら、あまりにも自分がみじめだし、今後彼女と顔を合わせるたびに気まずくなるだろう。もし冗談ぽく言っておけば、ダメだった場合いかにも残念そうな素振りで帰れば、それで何も問題はないような気がした。たぶん彼女も冗談で言ったと取ってくれるだろうし、彼自身そう思い込んでおく方が好都合だ。
美貴はあまりにも意外な言葉に少しビックリした様子ではあったが、
「何を言ってるんですか。ダメに決まってるでしょ」
と半ば笑いをこらえながら答えた。正志の思惑どおり美貴は冗談だと取ってくれたようだ。その時彼は、こうなれば行けるところまで行こうと決意した。
「ねえ、いいだろ?」
彼はもっと冗談ぽく、もっと甘えた声でそうたずねてみたが、彼女の答えは言うまでもなかった。彼は母親に、今晩は外泊するかもしれない、と言って家を出てきたので、そう簡単に帰るのもしゃくだった。ただ、ここはひとまず引き下がって、相手の様子をうかがった方が利口だと考えた。その時ふと彼は、彼女の自分に対する気持ちを探る方法としてある大胆なことを思いついた。
「じゃあ、膝枕してくれないか?」
「どうして私がそんなことしなければいけないんですか? 靖子にしてもらえばいいでしょ」
「ごめん」
と正志はすぐに素直にあやまった。すると、怒った顔をしていた美貴がいきなり吹き出して、少しあきれた様子でこう言った。
「小川さんは変な人ですねえ。しかたがないからどうぞ」
正志は膝枕をしてもらうということに不自然さを感じながらも、美貴のフレアースカートに頭をうずめたいという誘惑に勝つことはできなかった。美貴は膝の上に正志を載せながら、さっきと同じように話しを楽しんでいるとしか思えなかった。正志は美貴が今どんな気持ちでこうしているのか探りたくてしかたなかったが、彼にはその方法が全く思いつかなかった。
例えば靖子の気持ちははっきりしていた。しかし、美貴の気持ちは厚いベールに包まれていて理解できなかった。自分のことを嫌ってるようにも思えるし、嫌っていないようにも思える。怒っているようにも思えるし、楽しんでいるようにも思える。正志はますます彼女の自分に対する気持ちが知りたくなってきた。
美貴の膝枕は気持ちがよかった。なんとも不思議な陶酔感があった。正志はふと靖子の膝枕を思い出した。あの時は眠っている振りをしていたので、味わう余裕などほとんどなかったこと。そして、靖子の膝にいながら横にいた美貴に意識が集中していたこと。さらに、美貴が少しくらいはやきもちを焼かないかと期待していたのに、彼女は全く気に留めた様子もなかったこと。彼はその時の美貴の様子を思い出すたびに、今でもほんの少しだけ悔しい気がする。
「ねえ、いい?」
そう正志は切り出した。膝の上で甘えていたせいか、彼の声もすごく甘えた響きになっていた。
「えっ、なに?」
「泊まってもいい?」