「ダメに決まってるでしょ。わかってるんでしょうね。帰ってくださいよ。帰ってくれないのなら、力ずくででも追い出しますからね」
美貴はそう早口で言い返してきた。彼女はようやく正志が本当に帰るつもがないのではないかという不安をいだき始めた様子だった。
「誰がなんと言おうと帰らないよ」
正志はそう言ったものの、ここで話題を変えない限り彼の敗北は明らかだった。彼は急にサークルの話しを始めた。すると、美貴の表情がほんの少し軟らいだ。
それから一体何時間くらい過ぎたのだろうか。いや、きっとせいぜい30分程度だったに違いない。相変わらず美貴は正志を膝に載せていたし、彼に早く帰ってほしいと言い出すこともなかった。正志はそのことが不思議でならなかった。だから、彼は美貴の顔を見たが、彼女の気持ちは全く見当がつかなかった。
とうとう正志は、美貴の膝から思い切って飛び起き、きっぱりと言い放った。
「今晩は泊まることにしたからね」
「だめですよ。そんなこと勝手に決めて」
美貴はかなり困ったような声でそう答えた。そして次の瞬間、彼女は正志がこれまでに見たこともないような険しい顔つきになってこう言った。
「帰ってくれるんでしょ?」
「・・・・・」
「ねえ、帰ってくれるんでしょ?」
「泊まるって言ってるだろ。最初からそう言ってるじゃないか。俺が帰るとでも思っていたのか? ・・・・・それに帰りたくても、もう電車がないんだ」
正志は今までとは打って変わったかのように、まるで脅迫するような口調で言った。彼はさっき時計の針が11時を過ぎたのを確認していた。実際にはまだ家に帰れる時間だったが、彼はここで一気に勝負に出ようと思った。
時には甘え、時には強引に、の態度が効いたのだろうか。それとも美貴は本当に電車がないと思ったのだろうか。それを確かめるすべを正志は持ち合わせていなかったが、いずれにしても美貴は、時計をちらっと見てから観念した。
「信じられない。男の人を泊めることになるなんて」
彼女はなげやりな調子で膨れながらそう言った。その時彼女は、かなり怒っていた。しかし、正志にはその膨れた口元がかわいらしく思えた。そして、彼は心の中で成功を喜んだ。ただ、9回裏の逆転はよくあることなので、いまだにソワソワしていた。
美貴が布団を敷き出した時、彼はようやくほっとすることができた。布団を敷く彼女の後ろ姿は、女を感じさせる色っぽさが漂っていた。つまり、先輩と後輩ではなく、男と女であり、男と女のあいだに何かが起きることを彼は心から期待していた。
幸か不幸か布団は二枚あったが、狭い部屋だったので、布団は重なるようにして敷かれていた。美貴はやはりまだ怒っていた。彼女は言葉少なげに先に布団に入り、ただ一言だけつぶやいた。
「小川さんが横にいると思うと、気になって眠れそうにない」