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 もちろん、正志もこんな状況では眠れそうにないと思っていた。例えば、目の前に大好きな食べ物があるのに、その食べ物を食べることが許されない、そんな拷問のようだと彼は思った。でも、二人は疲れていたせいか、いつのまにか眠りについていた。

 正志はふと目を覚ました。彼は一瞬ここがどこだろうと思ったが、すぐにどういう状況か思い出すことができた。辺りはまだ真っ暗だった。
 「4時か」
 微かな明かりを頼りに、正志は時計を見てそうつぶやいた。美貴はすぐ手の届くところで寝息を立てていた。彼は妙にほっとした。そして、こっそり彼女の寝顔を見た。その寝顔は美人というよりも、かわいいという印象だった。
 その時正志に、彼女を抱けるものなら抱いてしまいたいという衝動が起こった。彼はすぐにその衝動を理性で抑えた。もちろん正志は、眠っている女性を抱きしめるような卑怯なまねはしたくないと思っていた。しかし、抱きたい気持ちを自分一人の力ではだんだん抑えるのが難しくなってきた。やがて、葛藤が始まった。抱きしめたい。でも卑怯なまねはしたくない。でもやっぱり抱きしめたい。彼の心の中は、終わりのない無限ループに入ってしまった。
 正志の目はだんだん冴えてきた。こういう時こそ早く眠ってしまいたいものだが、胸がドキドキと高鳴るにつれて目は冴えてくる一方であった。辺りがほんの少し明るくなってきた。彼はこの苦しみから早く解放されることを願わずにはいられなかった。
 突然、正志に何かがぶつかった。彼は不意の衝撃を受けてビクッとなった。どうやら美貴が寝返りを打ったため、彼女の腕が彼の胸に当たった衝撃だった。
 それから数秒間は何も起こらなかった。そしてその次の瞬間、悲鳴に近い驚きの声が部屋の空気を切り裂いた。それは美貴の声だった。誰かが横にいる気配を感じて発した声だった。しかし、その声に慌てたのは正志の方だった。ちょうど抱こうかどうするか迷っているタイミングに起こったからだ。彼はまだ何もしていなかったので、本当はそんなに慌てる必要はなかったのに、逃げ出したい気分になった。
 「小川さんか。あー、びっくりした」
 寝ぼけた声で美貴はつぶやいた。正志は急にほっとした。その瞬間、彼は衝動的に目の前にいる美貴をしっかりと抱き寄せていた。彼にはその後どういう展開になるか考える余裕などなかった。
 意外なことに、美貴も正志を抱き返してきた。正志は驚いた。そして不思議に思った。彼は美貴の顔を見つめたが、彼女は表情を全く変えなかった。正志は彼女にキスをしようかどうするかちょっぴりためらった。せめて、彼女が目をつぶってくれたらいいのにと思った。しかし、美貴は目をつぶろうとはしなかった。
 とうとう正志は思い切って美貴にキスをした。彼にとっては初めての経験だった。初めてのキスは何の味もしなかった。彼女の唇の感触が残っただけだった。キスしてる最中、彼女はほとんど何も反応しなかった。
 それから一体どれくらい正志と美貴は抱き合っていたのだろうか。いつのまにか朝になっていた。時間の感覚は完全に麻痺していた。美貴は先に布団から出ると、ちょっぴりはにかんだ様子でこう言った。
 「初めてのキスだったんだから」
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