「珍しい時間に帰ってきたわね。どうしたの? 土曜だから?」
と母親がたずねたが、彼は説明がうっとうしそうなので適当な答えをした。
月曜の講義は午後から休講だった。正志はサークル室に行こうかそれとも家に帰ろうか迷っていた時、親しくしてるクラスメイトの姿を見かけた。岩本孝一、大橋史郎、そして佐久間達也の三人だった。とりあえず四人は、食堂でジュースでも飲みながら少し時間をつぶすことにした。
岩本は外見が見るからに恐そうで、初対面の人ならとっつきにくいと感じるタイプであった。しかも性格もかなり堅物だった。それに比べ、大橋は話しが上手で、とても社交的なタイプだった。しかも何に対しても積極的だった。そう言えば彼は、落語研究会とテニス同好会をかけもちしていた。さらに彼には女性の噂も多く、無類の女好き、と言われてからかわれたりしていた。佐久間はいくぶんがんこではあったが、おとなしくて目立たないタイプだった。そして彼は、正志とは性格がたぶん一番よく似ていた。
大橋がさっそくしゃべり出した。
「最近はどうや? 女性関係の浮ついた話しはないのか?」
岩本がすかさず答えた。
「あるわけないだろ」
「右にならえ」
と佐久間も続いた。正志は黙っていた。岩本が大橋自身の浮ついた話しを聞き出そうとしたので、その後すぐに大橋の独演会となった。大橋のしゃべっている内容は結構きわどいものが多かったが、聞いていて全くいやみが感じられなかった。
「前に話したことのある大阪の居酒屋で知り合った子とは実は9月に別れてしまった。と言うのも、新しい子ができたからや。駅で電車を待っていた時、目の前にかわいい子がいたから、お茶でも飲みに行きませんか、と思わず声を掛けると、意外にも彼女がついてきて、いろいろ話しをしているうちに盛り上がってしまったというわけや。そうそう、二度目のデートの時に、彼女が同じ大学の同じ学年と知ってびっくりしてしまったなあ。・・・・・ところで、前の子と別れるのは結構苦労したんや。前の子とはたった3か月しかつきあっていなかったけど、ずいぶん泣かれてつらかった。別れ話しは一体どういうふうに切り出すのがいいのかいまだにわからん。他に好きな人ができたとはっきり言った方がいいのか、君のことがあまり好きでなくなったと言った方がいいのか、理由は聞かずに別れてくれと言った方がいいのか、それとも、言葉は使わずに態度でそれとなく相手に悟らせるのがいいのか、あるいは、相手が別れ話しを切り出すように仕向けるのがいいのか。お前達はどう思う?」
岩本や佐久間に聞いたところで答えが出るわけはなかった。彼らは別れの経験どころか出会いの経験すら乏しかったからだ。もちろん、正志も例外ではなかった。
そんな話しが延々と30分ほど続いた。正志は恋愛の大先輩である大橋に、この前の晩の美貴の態度についてどう思うか感想を聞いてみたい気がした。しかし、相手のあることだから、うかつにしゃべるのはよそうと思い直して、全く別の話題を提供した。
その翌日の朝、正志は家を出る時、玄関のところにいた母親に告げた。
「今晩、友達の家に泊まってくるから」