そう言われればそんなことを話していたような気もした。正志はさっきまで、美貴が嘘を言ってるという自信があったが、その自信も今ではほとんど消えかけていた。どこまでが夢でどこまでが現実か、彼にはもう全くわからなくなっていた。
「先週の金曜に、俺が、泊りに、行ったよねえ?」
正志はとぎれとぎれにそう聞いた。
「なんのことですか?」
「えっ、あっ、いや。金曜の晩のこと・・・・・」
「来ましたよ。でも、あのことはもう忘れてしまいたいので、二度と口にしないようにしてくださいって言いませんでしたか?」
美貴はそう言い残すと、部屋を出て行った。しばらくのあいだ正志は、部屋の中央に一人でぼうぜんと立ち尽くしていた。そして、誰かの書きかけの原稿を意味もなく遠くからぼんやりと眺めていた。
同じ日の帰り、正志は校門を出ようとしたところで、クラスメイトの大橋史郎に声を掛けられた。
「おい、小川。とぼとぼ歩くなよ。元気出せよ」
「おっ、大橋か」
「女にでもふられたんか?」
「いや、そんなんじゃない。もっとたちが悪いよ」
「えっ、俺でよければ、いくらでも話しを聞くで」
「いや、まあ」
「そうだ。たまには飲みに行いこうぜ」
大橋は正志を半ば強引に誘った。正志には特に断る理由も見つからなかったし、少しは気晴らしになるかもしれないと思って、大橋と飲みに行くことにした。
居酒屋は学生がよく来る大衆的な店だったが、料理は安くてうまかった。大橋は正志の落ち込んでる気持ちを察して、正志の浮ついた話しについては聞いてこなかった。正志は大橋に一言だけぽつりと言った。
「今月に入ってから急に、浮ついた話しがバタバタとあったかと思うと、バタバタと消えてしまった」
「人生というもんはそんなもんだ。だから楽しみもあるんだ」
大橋はそう言いながら、正志の肩をたたいて大きくうなづいた。彼はアルコールのせいで一段と上機嫌になっていた。
居酒屋を出るとすぐに、大橋が通りでナンパを始めた。正志は止めようとしたが、景気づけだ、と大橋は言って耳を貸そうとはしなかった。正志はただ横でぼうぜんとして見ているしかなかった。ナンパは15分くらいで成功した。東京から遊びに来ているという二人連れの女性だった。年齢は彼女達の方が少し上だった。