「はい、よろこんで」
正志は彼女の言っている意味がややこしくて、すぐにはピンとこなかったが、これも何かの縁だと思ってその誘いに応じることにした。そして、彼女が探している大野という男の特徴を覚えた。大野は身長170センチくらいのやせ型で、年齢は23歳、今日はアイボリーのセーターで、ダークブルーのポーチを持っているということだった。正志がさっき辺りを観察していた時には、そんな自分に似た男には気がつかなかったが、今一度注意深く辺りを見回すと、右手の柱にもたれている男が大野に違いないと気づいた。正志は彼女にその男の方を指差した。
「あの人じゃないですか?」
「あっ、たぶんそうね。すぐ済むからちょっと待ってて」
彼女はそう言って駆けて行くと、男に何か包みを渡していた。正志は自分とその男を見比べて、彼女が間違えたのも無理はないと思った。顔は全然違っていたが、外見は確かによく似ていた。しばらくして彼女は正志の元に戻ってきた。
「やっぱり、あの人が大野さんだった。私の方が勝手に勘違いしたのに、結局最後まであなたをつきあわせてしまって、本当にごめんなさいね。大野さんとの用も済んだからもう解放してあげるわ。ふふふ。それじゃあ」
そう言って彼女が立ち去ろうとした時、今度は正志が呼び止めた。
「あっ、ちょっと。もしよければ、もう少しお話ししませんか?」
「ええ。いいわよ。あなたがそう言うのなら」
「ぜひお願いします」
と正志はきっぱりと言った。話しの断片だけ中途半端に聞いてしまった彼は、彼女の話しの続きにかなり興味があったのだ。それに、彼女の美貌はまんざらでもなかったので、ここで別れるのは惜しい気がした。
「それじゃあ、どこか行きましょうか。続きはそこでゆっくりと」
「えっ、どこか?」
「お茶でもっていう意味よ。それ以上の意味も、それ以下の意味もないわよ」
彼女はそう言うと笑みを浮かべた。正志は彼女と近くの喫茶店に入ることにした。店はたくさんの客でにぎわっていた。正志は自分達の席の近くを軽く見渡した。そして、彼はこの店の中では自分達二人が最も違和感のあるカップルだと思った。オーダーが終わると彼女が話し出した。
「言い忘れてたわねえ。私は石井麗子」
「えっ、沢井さんじゃなくて石井さん?」
「ええ。昔は沢井だったけど今は石井。ところで小川さんは名前はなんていうの?」
「正志です。小川正志」
「そう。でも小川さんっておもしろい人ね」
正志はこれまでおもしろい人と言われたことがなかったから、麗子の言葉はちょっと意外な感じがした。それに、自分以上に麗子の方がおもしろい人だと思っていた。
「そんなことないですよ」
「だって、いきなり大野さんになりきって話しをするんだもん」
「いや、それは・・・・・大野さんになってでもあなたと話しがしたかったからです」