麗子に下心があると思って大野になったとも言えず、正志はとりあえず歯の浮くようなセリフでごまかした。
「まあ、お上手だこと。ところで、もしかして小川さんは学生さん?」
「はい。20歳の学生です」
「そう。じゃあ、私とは1O歳以上も離れているのね。ねえ、私達どういう関係に見えるかしら?」
「さあ」
「もしかして恋人同志に見えるかしら」
麗子がまんざらでもないような意味深なことを言ったので、紅茶を飲もうとしていた正志は動揺してむせかけた。しかも、その様子をしっかりと麗子に見られてしまった。麗子は正志の少し赤らめた顔を見ながら、魅力的な笑みを浮かべた。
麗子との話しはそれから2時間くらい続いた。断片しかわからなかった筋書きが今ようやくはっきりしてきた。
この前大野と別れた妹の沢井由香に頼まれて、姉の石井麗子が大野にある物を手渡しに来たこと。沢井由香が大野から預かっていた大事な物だったので、どうしても返したかったこと。沢井由香は大野の顔がどうしても見たくなかったので、自分の姉にお願いしたこと。しかたなく石井麗子は大野と連絡を取って、待ち合わせの約束をしたこと。ただお互いに面識がなかったので、大野とわかるように事前に打ち合せをしていたこと。
麗子はそれ以外にも、先日パリに赴任した友達の話しや自分の中学生の頃にした大恋愛の話しをしてくれたが、現在の自分のことはあまり言いたくない様子だった。正志が聞こうとすると曖昧な返事をして、すぐに話題をそらせてしまった。
一方正志は、自分のことをあたりさわりのない範囲でおもしろおかしく話した。先月までは全く恋愛に恵まれなかったこと。今月に入ってから靖子や美貴との関係に進展があったこと。しかし結局うまくいかず、現在も恋人がいないこと。
「ところで、石井さんは結婚されているんですよねえ?」
正志は麗子にそうたずねてみた。主婦がこんなところで時間をつぶしてていいのか彼はさっきから気になっていた。麗子の表情が少し暗くなったように感じた。
「以前はしてたわ。そんなことよりこれからどうする?」
「えっ、これから?」
正志はどぎまぎした。どうするというのはやっぱりあのことを言っているのだろうか。であれば、普通はこういう場合にどう答えるのがいいのだろうか。ベッドに横たわっている自分と彼女の姿が彼の頭をよぎった。初めての人はこの人か。正志がそんなことを考えていると、麗子はあっさりと言った。
「私は帰るけど、あなたはどうする?」
「えっ、はい。僕も帰ります」
「それじゃあ、駅まで一緒に行きましょう」
「ええ、行きましょう」