正志はさっきの早合点を一人苦笑いしながら、駅に向かって麗子と並んで歩いていた。彼の心は残念に思う気持ちとほっとした気持ちで入り乱れていた。駅が近づくにつれて、すれ違う人の数も増えてきた。彼らと視線が合うたびに、正志は視線をそらさずにはいられなかった。僕達二人は一体どういう関係に見えるだろうか。それを考えると彼は、やはり照れくさい気持ちで一杯だった。
麗子は別れ際に、彼女の電話番号が書かれたメモを正志に手渡した。
「この続きはまた今度」
そう言って麗子は立ち去った。二人の関係はやはり不自然だった。正志はそんなことを考えながら夕暮れの電車に乗り込んだ。
正志が家に着いたのは午後6時を過ぎていた。彼は家族の誰ともあまり話しをしたくなかった。なぜなら、麗子とのできごとが、誰にも言えないほどの後ろめたさを感じさせていたからだ。しかし母親は、彼の顔を見るなりこう言った。
「和代のボーイフレンドが遊びに来ていて、今さっき帰ったばかりなのよ」
すると父親も続いて言った。
「正志にもガールフレンドができたら、ぜひ家に連れて来なさい」
父親の言葉を聞いて、正志は思わず考え込んでしまった。例えば、もし石井麗子をこの家に連れてきたら、親達は一体どんな顔をするだろうか。きっと大変な騒ぎになることくらい目に見えていた。
夜になりベッドに入ってからも、正志は麗子のことを考えていた。と言うか、彼が目をつぶると勝手に麗子の姿が現れてしまうのだった。そして彼は、何度となく胸の奥が熱くなったり痛くなったりするような感じがした。まさかそんな。でももしかすれば、これは恋の始まりかもしれない、と彼は気づいた。
夕方彼女と別れた時は、軽い気持ちでまた会ってみようと思ったが、そのことに気づいた今では、どうしたらいいのかよくわからなくなっていた。もちろん会いたいという気持ちは今でも変わらない。でも、一度会えばまた会いたくなり、会うことを重ねるたびに、とりかえしのつかないような深みにはまりそうな気がした。
正志は会うべきかどうか迷っていた。しかし、結論はそう簡単には出なかった。時間は刻々と過ぎていく一方だった。ずっと麗子の顔を思い浮べていた。彼はこだわりが一体何なのか少し冷静になって考えるみることにした。
それは年齢の問題だと思った。つまり彼女が自分より10歳以上も年上であること。正直に言えば、もともと彼は年上の女性も悪くないと思っていた。何かを待ち続けていた彼にとっては、リードしてくれる年上の女性はお似合いだったかもしれない。そう言えば、彼は中学でも高校でも2つ年上の人に片思いをしたことがあった。
でも、今回はそういうレベルではない。10歳以上年上でしかも結婚歴もある人だ。彼はそういう人達とは住む世界があまりにも違い過ぎる気がした。確かに過去にそういう人でいいなあと思った人もいた。例えば、高校の時の英語の先生。その先生にいいところを見せるためにつらい受験勉強をのりきった。それから、以前アルバイトでやってた家庭教師先の母親。毎週水曜はその人に会うのが楽しみだった。しかし、彼にとってその人達はそれくらいの存在であって、決して恋愛の対象にはなりえなかった。