しかし、正志は石井麗子を恋愛の対象として見ていた。彼女とはそういう関係になりたいと思った。いや、彼女に会うたびに気持ちの高まりを抑えられず、自然にそういう関係になってしまうと思った。そして、そういう関係になった時、年齢の離れたいかにも不自然な関係の二人がうまくやっていけるか不安だった。だからこそ問題なのである。
時計が1時を過ぎた頃、彼はようやくある結論に達した。好きになるのはしかたのないことだから自然に身をゆだねよう。そしてどうしても会いたければ会えばいい。彼はそう納得して再び眠ろうとした時、彼女がたまに見せたあの暗さがふと目に浮かんだ。一番気になっていたのはこの秘密のことかもしれないと気づいた。
彼はチャチャが夢に現れて何か答えを出してくれないかと期待した。だから彼は、あの水晶玉を両手でしっかり握り締めて、チャチャが現れてくれるように祈りながら眠りについた。しかし、結局チャチャは夢に姿を現してはくれなかった。
その翌日の午前も午後も、正志は麗子と会うべきかどうか迷っていた。昨晩より一層会いたいという気持ちは強くなっていた。そして、そのことが一層不安になっていた。夕方の帰り道で、彼はとうとう心を決めることができた。麗子の少し鼻にかかった甘い声のことを考えていた時、彼女が最後に言った意味深な言葉を思い出したからだ。
「この続きはまた今度」
そんな彼女のささやきが再び正志の頭を通り過ぎて行くと、彼はどういう結果になろうとも会ってみたいという気持ちを抑えることができなくなった。
同じ日の晩、彼はさっそく麗子に電話するため例のメモを取り出した。ダイヤルする指が微かに震えた。こんな経験は彼にも初めてだった。受話器の向こうに呼び出し音が響いているあいだ、彼は大きく深呼吸をして緊張をほぐそうとした。
「はい。石井ですけど」
「小川といいますが。昨日大阪で一緒にお話しした小川です」
「ああ、小川さん?」
「はい、小川です。覚えてくれてましたか?」
「ええ、もちろんよ。でも、本当に電話を掛けてくれるとは思わなかったわ」
「あっ、ご迷惑でしたか?」
「そんなことないわよ。とってもうれしい」
二人はそんな会話をして、明日の夕方に昨日出会った場所で会う約束をした。正志は電話を切ってから、迷っていたけどやっぱり電話してよかったとつくづく思った。そして彼は、明日麗子に会えると思うだけで胸が一杯だった。
その翌日の夕方、正志が時間どおりにその場所に行くと、麗子の姿はまだ見当らなかった。彼は麗子との初めての待ち合わせにいくぶん緊張していた。会いたいがゆえに会う、この当たり前の行為が彼にはちょっと照れくさく感じられた。これまでそういう経験がなかったから、彼はそう感じたのかもしれない。自分が相手を待っていて相手が現れる方がましだろうか。相手が自分を待っていて自分が現れる方がましだろうか。一体どちらの方が照れくさくないだろう、と考えたりしながら彼は麗子を待っていた。