あなたと実際にお会いできたのはたった二回しかありませんでしたが、いろいろなお話しができて本当に楽しかったと思っています。でも、夫とのことだけはどうしてもお話しする勇気がなくてあなたにも黙っていました。そのことが今となっては、ちょっと残念です。だから、あなたにだけは本当のことを知っておいてもらいたくてペンを取り
ました。きっと迷惑ですよね。
私は10年前に結婚しました。夫とは街で偶然知り合ったのをきっかけに交際が始まってめでたくゴールインしました。私は本当に夫を愛していましたし、夫も私を心から愛してくれていたと思います。
しかし、3年前に破局は突然やってきました。夫が浮気を始めたのです。私は自分のこともかえりみず、浮気の原因は全て夫にあると決めつけました。だから、私は夫を責め続けましたが、状況は一向によい方向には向かいませんでした。私は何とか夫の目を覚まさせようと必死でした。いつか目を覚ましてくれると信じたからこそ責め続けていたのに、そのことがどれほど夫を追い詰めていたかその時私は気づきませんでした。
そんな状態が半年も続きました。次第に騒動はエスカレートしていき、浮気相手の家族まで巻き込んだおおごとになってしまいました。夫はもう身動きがとれなくなっていました。春の兆しが見え始めたある日、夫は一緒に死んでくれとぽつりとつぶやきました。私は夫を愛していました。だから一緒にだったら死ねると思いました。でも、その翌日、夫は私を残して一人寂しく死んでいきました。
結果的に夫を死に追いやったのはこの私です。だから私は愛する夫の墓前で決意したのです。夫のことだけを一生思い続けてつつましく暮らすこと。それが私が夫に対してできる唯一の罪の償いだと信じました。だから私は決して幸せになってはいけなかったです。
その決意は順調に実行されていました。でも、日曜にあなたに会ってから歯車が狂い始めたのです。念の為に言っておきますが、何もあなたが悪いわけではないのですよ。これは私自身の問題なのですから。
あの日以来、私はあなたのことが気になり、あなたのことを思う時間が増えました。最初は自分でもまさかと思いました。それに、あなたが本気で私のことを相手にしてくれるとは思っていませんでした。だから、一時的な迷いとしてすぐに解決できると信じていました。
それなのに、2度目に会った時にあなたから好きだと言われて、もう私の気持ちは引き返せなくなってしまいました。私はあなたのことを本気で愛し、あなたも私を愛してくれるなら、私達は本当に幸せになれるかもしれない。そして、年がいもなく二人の幸せな生活を想像して心を弾ませたりしました。早くあなたに会いたい。
でも、私は幸せになってはいけないのです。夫一人を不幸にすることはできません。私は今でも夫を愛しています。たぶんあなたより。だから私は、夫のことよりあなたのことを考えてる時間が多くなった自分がどうしても許せなかったのです。
繰り返して言いますが、決してあなたのせいではないですからね。くれぐれも勘違いしないでね。あなたにはもっと素敵な人に巡り合ってもっと素敵な恋をしてもらいたいと心より思っています。
あなたの声としゃべり方は私の夫にそっくりでした。
あなたに出会えて本当によかった。さようなら。
石井麗子