正志はこの手紙を読みながら、体じゅうの震えを止めることができなかった。彼は麗子の抱えていた悩みを知った今、悔しくてしかたなかった。彼女の悩みも知らずに自分だけはしゃいでいたことが。そして、彼女の力になってあげることができなかったことが。その悔しさはやがて悲しみへと変わっていった。彼は彼女の笑顔を思い浮かべようとた。そして、その笑顔はもう見ることもできないと思った瞬間、抑えていた感情が一気に涙となって流れ出た。そのまま彼は部屋で一人泣き続けた。
夜になってからも、彼はまだ麗子のことを考えていた。どうしてこんな結末になってしまうのだ。靖子との時もそうだ。美貴との時もそうだ。そして、麗子との時が一番悲惨な結果に終わってしまった。石井麗子を不幸にしたのはやはり自分だ。彼にはそう思えてならなかった。目には何度となく熱いものが込み上げてきたが、もはや涙となってこぼれはしなかった。
それから3日間は、正志にとって暗いながらも平穏な生活が続いた。だが、サークルの先輩の川野の失敗談を聞いても、クラスメイトの大橋のギャグを聞いても、彼は心から笑うことができなかった。楽しそうに道ゆく人を見るたびに、どうしてこんなに悲しい時にそんなに楽しそうな顔ができるのだろう、と不思議に思ったりもした。麗子の姿がことあるごとに浮かんできて、そのたぴに正志は無口になった。
「この世の終わりみたいな顔するなよ。女に振られたんか?」
大橋はそう言って笑い飛ばした。正志はむっとして何か言い返そうとした。すると、大橋は気にせず言葉を続けた。
「落ち込んでいるやつには慰めるより笑い飛ばした方がいいんや。慰められるともっと悲しくなるだろ。今はつらいだろうけど、いずれ時間が解決してくれるさ」
それは大橋なりの優しさだった。彼はもうそれ以上正志に話し掛けてこなかった。正志はほんの少しだけ気分が軽くなった気がした。
月曜の夕方、大学からの帰りに正志が駅から出ようとすると、ちょうど雨がパラパラし始めていた。彼は傘を持ってはいたものの、差すのが面倒だったので帰りを急ぐことにした。彼は少し近道をしようと思い、人通りの少ない裏道に入った。
裏道の角を曲がった時、一人の女性がしゃがみ込んでいるのが彼の目に入った。女性は何か落とし物を探している様子だった。雨もパラパラしていることだし、正志は最初知らん顔をして通り過ぎようと思った。しかし、彼がまさに横を過ぎようとした時、ほんの一瞬ではあるがその女性と目が合った。と同時に、彼は思わず声を掛けていた。
「どうしましたか?」
「ええ。コンタクトレンズを落としてしまって」
「それは大変だ」
正志はそう言って辺りを探し始めた。彼は最初すぐ見つかるだろうと思ったが、5分探しても一向に見つかる気配はなかった。踏みつけないように慎重にさらにもう5分探したが、やはりレンズは出てこなかった。相変わらず雨はパラパラと降っていた。正志はそのことが実は気になっていた。かと言って、このまま放って帰ることも彼には抵抗があってできなかった。
「もういいです。あきらめますから」