女性はそう言った。この時初めて、正志はその女性の顔を見た。年齢は自分と同じくらいで、顔はわりとかわいいがあまり特徴がなかった。どこにでもいそうなお嬢さんタイプという感じだった。
「もうちょっと探してみましょう」
「いえ、本当にもういいんです。ありがとうございました」
彼女はそう礼を述べると少し頭を下げた。そして、彼女が顔を上げようとした時、正志は彼女のブラウスの襟のところに何か輝く物を発見した。
「ちょっと待って。動かないで」
「えっ?」
正志は自分の手をゆっくりと彼女の襟元に近づけるとレンズをつまみあげた。そして、彼女の手のひらにそれをそっと手渡した。
「いくら探してもないはずだ」
正志がそう言うと同時に、彼女が表情を崩して笑い出した。正志も思わずつられて笑ってしまった。彼は久しぶりに腹の底から笑ったような気がした。その時、辺りが急に騒がしくなってきた。さっきまでパラパラだった雨が音を立てて降り始めたのだ。二人は一瞬顔を見合わせた。
「とりあえずあっちへ」
正志がそう言いながら駆け出すと、彼女も後ろをついてきた。二人は近くにあった倉庫の軒下にとりあえず避難した。トタン屋根にぶつかる雨の音がひときわ反響していた。
「たぶん夕立でしょう。すぐに止むと思います。これじゃあ傘があってもびしょ濡れだから、少し様子を見た方がいい」
正志はそう言って彼女の方を見た。その時彼女は、顔や髪の毛からしたたり落ちる雫をハンカチで拭いていた。しかし、正志の視線を感じた彼女は、はっと気づいた様子でそのハンカチを彼に手渡そうとした。正志はそれを受け取る時、彼女の胸元が微かに透けているのに気づいて、思わず目をそらせてしまった。
「せっかくだから、雨が小降りになるまで何かお話ししましょう」
正志はふいにそう話しを切り出した。
「ええ、そうですね」
「僕は小川正志。大学の3回生」
「えっ、私も3回生なんですよ。偶然ですね。名前は守山陽子です」
「この近くに住んでるの?」
「ええ。国道の手前です」
「そう。僕の家が国道の向こう側だから、ちょうど帰り道だね。で、さっきは家に帰る途中だったの?」
「ええ。そうそう、さっきはありがとうございました。急いでいたんじゃないですか?本当にごめんなさい」
「いや。下手に帰ろうとしてたら今頃びしょ濡れになっていたかもしれない。ちょうどよかった。守山さんとも知り合いになれたし」
「まあ」
そう言って陽子は少し顔を赤らめながら言葉を続けた。