「小川さんは彼女とかいないんですか?」
「今はいない。守山さんはつきあってる人いるの?」
「残念ながらいません」
「そう。それはよかった」
「えっ、どういう意味?」
「深い意味はないよ。ただ、いい話し相手ができたなあと思って」
「そうですか。私でよければよろこんで話し相手になりますよ」
「実は最近つらいことばかり続いて、だいぶん落ち込んでいたんだ」
「彼女と別れたんでしょう」
「・・・・・」
「ごめんなさい。変なこと言って」
「いや。いいんだ」
この後、それぞれの通っている大学での楽しい話しをした。しばらくすると、正志の予想どおり雨は小降りになってきた。彼はかばんの中から傘を取り出しながら言った。
「行く?」
「ええ」
二人は正志の傘に寄り添って歩いた。相合傘には男と女をまるで恋人同志であるかのように錯覚させる不思議な魔力がある。他人はもちろんのこと当事者までもを。正志は陽子の腕が自分の腕に微かに触れるたびにはっとした。
いつのまにか雨は上がっていた。陽子が右側を指差して言った。
「私はこっちですから。それじゃあ」
「うん。それじゃあ」
正志は陽子の後ろ姿をほんのしばらく見送った。せっかくいい話し相手ができたのに、これでさよならするのは残念な気がした。しかし、それはしかたのないことだった。ちょうど彼が歩き出そうとした時、陽子がいきなり振り返った。
「あっ、ちょっと待って。ねえ、また話しがしたくなったら、どうしたらいいの?」
正志は一瞬あせった。陽子の後ろ姿を見送っていたことを彼女に気づかれてしまったと思ったからだ。でも、そんな恥ずかしい気持ちに代わって、すぐにうれしい気持ちがどんどん膨らんできた。彼はどう言おうか少し迷ったが、実際にはこう言った。
「僕の家の電話番号を教えるから、気が向いたら電話して」
「気が向いたらなんて言ったら、結局いつになっても電話しないと思う」
「じゃあ、今晩9時に電話して」
「ええ。気が向いたら」
陽子は半ば笑いをこらえながらそう言った。その後、二人はお互いの電話番号を交換し合った。そして、再び正志は彼女の背中を見送った。
夕食が済んで正志が部屋でくつろいでいると、珍しく妹の和代が部屋にやって来た。
「お兄ちゃん。今日誰と歩いてたの?」
「えっ?」
「夕方の5時頃。駅からの帰り道」