「うっ、うん」
「小川さんも変な人に引っ掛かりましたねえ」
靖子はそう笑いながら、快く引き受けてくれた。正志は受話器を置いてすぐに、何かを思い出したかのような素振りで、もう一度受話器を上げた。今から陽子に電話するためだった。特に用はなかったが、彼女を少し驚かせてやろうと思った。
「小川といいますが、陽子さんいらっしゃいますか?」
「はい、私ですけど。えっ、小川さん?」
「うん、そう」
「どうしたんですか?」
「いや、別に用はないんだけど、ちょっとぴっくりさせようと思って」
「えっ、どうして?」
「いや、本当は守山さんの声が急に聞きたくなって」
「本当に?」
「うん、本当」
「うれしい」
二人はこんな恋人同志みたいな会話を数分交わした。
翌日の午前10時、正志と陽子はいつもの場所で待ち合わせをしていた。ただ、こんな時間に約束をしたのは初めてだった。今日は祝日なので、二人は神戸の動物園に行く約束をしていた。
動物園では動物好きの陽子ははしゃいでいた。彼女はかわいいという言葉を連発しながら動物を熱心に見ていた。昼食は園内のレストランで簡単に済ませて、二人は午後からもいろいろな動物を見て回った。
正志は世の中にこんなにいろいろな種類の動物がいるのが不思議な気がした。また、猿を見ている時は、いろいろな性格の猿がいるのがわかって感心した。ついでに、いきなり交尾を始めた動物を見た時は、かなり恥ずかしい思いをした。その時彼が陽子の様子をちらっと見ようとしたら、彼女も彼の方を見返したので、顔を見合わせた二人はお互いさらに照れてしまった。
動物園を出てから、二人は辺りをぶらぶら歩いた。
「ねえ、神戸の夜景を見ましょ。今日は少し遅くなってもいいの」
彼女がそう提案するので、少し時間をつぶすことにした。二人はウィンドウショッピングをしたり喫茶店に入ったりして、辺りが暗くなるのを待った。ようやく少し暗くなり出してきたので、正志は夜景がきれいに見える高台に陽子を案内した。二人がそこに着いた頃にはすでに、さすがに名所だけあって、何組かのカップルが愛をささやき合っていた。
すでに夕陽は落ちていた。まるで熱い心をかきたてるかのように、明かりの数が遠くの景色にぽつぽつと増えていった。それは幻想的なシーンだった。そして、それを眺めているこの場所には不思議なムードが漂っていた。誰かとここでこうしていれば、すぐにでもその誰かと恋に落ちそうな気がした。辺りはすっかり真っ暗になっていた。陽子がつぶやいた。
「きれいねえ」