「うん」
「一晩じゅう見ていたいくらいね」
「うん、そうだね」
「今日のことは一生忘れない」
「うん。大切な思い出にしよう」
正志はそう言うと、陽子の肩をしっかりと抱き寄せた。陽子は頭を正志の肩にもたれさせてきた。やがて正志は、手を陽子の肩からさっと頭にずらし、彼女の頭を両手で軽く抱えるようにしてその小さな唇にキスをした。映画のワンシーンのようなキスだった。
「俺達どういう関係に見えるかなあ」
「きっと恋人同志に見えるわよ」
「じゃあ、今の俺達ってどういう関係なんだろう」
「えっ? 私は恋人だと思ってたけど、あなたはそう思ってなかったの?」
「いや、そんなことないよ。思ってるよ。でも、これまでそんな話しをしたことがなかったから」
「じゃあ、正式におつきあいしてくれますか?」
「うん、わかった。でも、ちょっと照れくさいなあ」
「もう他の人を好きになっちゃあダメですよ。さっきキスもした仲なんだから」
「うん、わかった」
その翌日には、正志は陽子に例のプレゼントを遅ればせながら手渡した。陽子はすぐにその場で中身を見ると、かわいいと言って喜んでくれた。正志は靖子がどんな物を買ってくれたのか知らなかったので、陽子の笑顔を見てとりあえずほっとした。そして、今からどんな話しを切り出そうかと考え始めたが、彼女とは毎日会っているので、話すことがだんだん少なくなってきたようにふと感じられた。
そして、その翌日にも正志は陽子と会った。しかしこの頃から正志は、陽子と会っている時に、以前より気持ちが何かもやもやしたような感じであることに気づき、たまにはっとすることがあった。例えば、会話が少し途切れた時や、次に会う約束した直後などにふと感じることがあった。もちろんそれは、ほんの一瞬、しかも微かに感じる程度に過ぎなかった。一体どうしたのだろうか。最近どうも調子がよくないみたいだ。彼はそう思って少し様子を見ることにしたが、そのもやもやは一向に治まらなかった。
ある晩正志は、その原因はもしかすれば、初めて陽子に出会った日に感じたあの楽しさが全く感じられなくなっているからではないかと思った。それは、二人の恋にとって危うい可能性を秘めた思いだった。もちろん彼はすぐさま否定した。だから彼は気のせいだと思った。もしくは慣れという言葉で納得しようと思った。しかし、もやもやしたその感じは彼の心の奥底から少しも離れてはくれなかった。そして、何か物足りないという気持ちが日増しに強くなっていくのを、彼はもはや抑えることができなくなっていた。
ある晩、陽子から電話があった。
「今度いつ会ってくれるの?」
「最近ちょっとサークルの方が忙しいからなあ」
「いつ終わるの?」