「理由を聞かないと納得できない」
「そうだなあ。なんと言えばいいのか。・・・・・つまり、君に対する気持ちが変わってしまったんだ」
「それは熱が冷めたってこと?」
「そうかもしれない。でも、俺自身よくわからないんだ」
「私のこと嫌いになったんでしょ?」
「そうじゃないんだ。ただ、恋人としてはもうつきあっていけないと思う」
「ねえ、私のどこがいけなかった? 言って」
陽子の声は泣き声に変わっていた。でも、正志にはどうすることもできなかった。
「そんなんじゃないんだ」
「お願い言って。私直すように努力するから」
「だからそんなことを言ってるんじゃないんだ。君は少しも悪くないんだ。これは俺の気持ちの問題なんだ」
「もうダメなの?」
「たぶん」
「もう一度冷静に考えましょ」
「冷静に考えたさ」
「じゃあ、少し冷却期間を置きましょ」
「もう、ダメなんだ」
「やっぱりもうダメ?」
「もう決めてしまったことだから」
「一番悲しい時に一番側にいてもらいたい人は、いつもいないものなのね」
陽子はそう言い終わると、どっと泣き出した。正志は目に込み上げてくる熱いものをそっと指でぬぐった。もう陽子の顔を見ることさえできなかった。時間は悲しい気持ちを優しく包み込みながら着実に過ぎていった。陽子はすすり泣きに変わっていた。辺りはかなり暗くなっていた。風はさらに冷たくなっていた。
「帰ります」
陽子はそう言うとふいに立ち上がった。正志も立ち上がった。二人は無言のまま並んで帰り道を歩いた。時々陽子のすすり泣きが微かに聞こえてきた。そのたびに正志は彼女に対して申し訳ない気持ちで一杯になった。本当は彼だって泣きたいほどつらかったが、かろうじて涙だけはこらえていた。別れる場所で陽子が最後に一言だけ言った。
「さようなら。思い出をありがとう」
彼女はほんの一瞬笑みを浮かべると、小走りに去って行った。彼女の笑みはとても美しく見えた。目に大粒の涙をためながらの精一杯の笑みだったに違いない。正志はこぼれそうになる涙を何度も指でぬぐった。やっぱり今でも彼女のことが好きなんだとその時あらためて気づいた。正志は陽子の姿が見えなくなってからも、そこに立ち尽くしていた。