翌朝、正志は目を覚ますと実にすがすがしい気分になっていた。最近ずっと落ち込んでいた気分が久しぶりに晴れ晴れしたように感じられた。これも全てチャチャのおかげだと思って、彼は心の中でチャチャに感謝した。そして、昨晩二人で行った楽しかった旅のことを思い返そうとした。ところが彼は、はっきりとは何も思い出すことができなかった。あまりにもいろんな場所に行き過ぎて、それぞれの旅の内容については、どれ一つ記憶がはっきりしなくなっていた。さらに彼は、最愛のチャチャの顔ですらはっきりと思い出すことができないような気がした。
正志はふと思い出したかのように例の水晶玉を探し始めた。昨晩は確か自分の手に握り締めながら眠ったので、きっとベッドのどこかにあるはずと最初は思った。しかし彼は、ベッドの中も、ベッドの下も、机の中も、部屋じゅうのどこを探しても、とうとうあの水晶玉を見つけることはできなかった。
正志が大学に行くため朝早く家を出ようとすると、妹の和代もまさに家を出ようとしてるところだった。二人は並んで駅の方へ向かった。こういうことは珍しかった。正志はしゃべり出した。
「和代、最近彼とはうまくいっているのか?」
「うん。うまくいってる」
「そうか。それはよかった。実は・・・・・お兄ちゃんはあの子と別れたんだ」
「えっ、どうして別れちゃったの?」
「いろいろと事情があってねえ」
「そう。・・・・・元気出して、お兄ちゃん」
「うん。大丈夫。もう元気だから」
「また同じような人を見つけるもよし。全然違うタイプの人を見つけるもよし。当分一人でいるのもよし。いずれにしても、お兄ちゃんの未来は明るいわよ」
「そうだな。ところで、和代にもらったあのチケットなんだけど、和代が彼か誰かと行ってきたらどうだ」
「うん、わかった。じゃあ、そうする」
その後は二人とも終始無言だった。正志は和代と駅で別れた。彼にとっては久しぶりに経験する朝のラッシュだった。電車はその多くの人と同じ数だけの思いをぎゅうぎゅう積めにして進んで行った。正志の思いはと言うと、以前と同じようにさほど楽しくもなく、さほどつらくもない平凡な生活を送ることだったに違いない。
昼休みの食堂で、正志はクラスメイトの大橋、岩本、そして佐久間と一緒になった。この四人が集まると話題はほぼいつも決まっていたが、正志にとってはそれが楽しくもあった。まず大橋が、いつものように話しを切り出した。
「どうや? その後、浮ついた話しはないのか?」
「この前女の子とコンパしたぞ。なあ佐久間」
と岩本が答えると、続いて佐久間もしゃべり出した。
「そうそう。岩本が友達に誘われて、ついでに俺も誘ってくれたというわけ。初めての経験だったから、結構緊張してしまったなあ」
「佐久間、お前はそのわりには女の子とちゃっかりしゃべっていたなあ」