「それから言い忘れてたけど、私のことは他の人には秘密にしておいてね。もしも私の持つパワーが悪用されたら大変なことになるから」
「それもそうだ。わかったよ。このことは二人だけの秘密にしておこう」
正志がそう言い終えると、チャチャの姿はもうどこにもなかった。
朝の10時にセットされた目覚ましの音で、正志は目を覚ました。彼は顔を洗っている時、ふと昨晩の夢のことを思い出して手を止めた。普通の夢だったらすぐに忘れてしまうのに、チャチャのあの夢だけが、まるでビデオを見ているかのようにあまりにもリアルに思い出すことができた。本当にあれは夢だったのだろうか。そんな疑問がふと生じた。
彼は急に例の水晶玉のことが気になって、洗面所から部屋まで駆けて戻った。机の引き出しの中を確かめてみると、水晶玉は消えてなくなっていた。あわてて部屋じゅうを見回したがやはりどこにも見当たらなかった。もう一度彼は、机の引き出しを念入りに調べようと思い、机のところの椅子を引いた。ちょうどその時、彼は驚きのあまり飛び上がりそうになった。なんとあの水晶玉が椅子の上にあるではないか。彼はそれを手のひらに載せてみたが、特に変わった様子はなかった。確かに机の引き出しに入れたはずなのに。彼はそのことが不思議でしかたなかったが、とりあえずチャチャの言ったとおり、その水晶玉をポケットに入れてこっそり持ち歩くことにした。
家を出て歩いている時も、電車に乗っている時も、彼はまだ昨晩の体験のことが忘れられないでいた。夢にしては今でもはっきり思い出せるほどリアル過ぎる。もしも現実だとすれば、しかもあんなことが実際に起きたとすれば世の中は大変なことになるだろう。夢か現実か、そんな疑問を解決する手掛かりが何かないかと思い、何度となく彼は、昨晩の記憶をたどることを繰り返していた。
夢か現実か考えてみたことろで彼には結論は出せなかった。いつも降りる駅名を告げる車内アナウンスが聞こえてきた時、さすがに彼も考えるのはもうよそうと思った。どちらであってもいいから、とりあえずチャチャの言ったことを信じておきたいと思った。
結局、彼はいつもの駅では降りなかった。なぜなら、大学へ行くよりどこか遠くへ行った方が、誰かとの出会いの可能性が少しは高そうな気がしたからだ。そして、彼はそのまま1時間ほど電車に揺られていた。しかし何も起こらなかった。電車から降りてパチンコ屋に入った。やはり何も起こらなかった。パチンコ屋を出で近くの本屋に入った。やはり何も起こらなかった。本屋を出て見知らぬ通りをブラブラ歩いた。中年女性が声を掛けてきた。道をたずねられたのだが、初めての街だったので、もちろん彼には答えることができなかった。
正志は待ち合わせの約束をしていた駅前に戻っていた。彼はさっきの遠出がやはり期待はずれの結果であったことにいくぶん苦笑いしながら、吉田靖子と藤井美貴が現れるのを待っていた。まず時間どおりに靖子が、そして時間に少し遅れて美貴が姿を現した。彼女達二人は現在2回生で、正志のサークルの後輩だった。