正志は文芸サークルに入っていた。サークルと言っても、あまり活動そのものは活発ではなかった。せいぜい季刊誌を作成してサークルのメンバーに配るぐらいしかしていなかった。彼は入学してまもない頃、文芸サークルのサークル室の中にいた人と目が合った途端に勧誘されて、なんとなく入部してしまったのだ。だが、今では結構楽しくなってきており、彼はメンバーの中では比較的熱心に活動していた方だ。
今日は、靖子の家に正志と美貴が夕食をご馳走になりに行く約束をしていた。靖子の家と言っても、彼女は一人暮らしをしていたので、ワンルームマンションだった。正志は恋愛の経験だけでなく、女性とのつきあいも皆無だったので、女性の部屋に行くという経験も全くなかった。話しをするのもせいぜいサークルの女性ぐらいしかなかった。だから彼は、今回のようなチャンスに巡り合えたのは、サークルに入っていたおかげだと密かに感謝していた。
三人が歩き出してすぐに、サークルの先輩である4回生の川野和樹と出会った。
「三人そろってどこに行くの?」
と川野は聞いてきたが、正志はあまり本当のことを言いたくはなかったので、曖昧な答えをして、その場を切り抜けてしまった。
靖子の家まではずっと緩やかな登り坂だった。道路の脇には大きな木々が連なっていて辺りの視界をさえぎっていたが、道路が右に大きくカーブすると右手には小さな屋根がいくつも見えた。靖子と美貴は二人並んで楽しそうに話しをしていた。正志はワクワクする気持ちを抑えながら、彼女達の一歩後ろを歩いていた。彼はこの頃にはもうすっかり、昨晩の体験のことなど忘れていた。
靖子のマンションは女性の部屋らしく結構かたずいていた。正志は玄関で靴を脱いでいよいよ女の園に足を踏み入れようとした時、自分がかなり緊張していることに気づいていたが、彼にはどうすることもできなかった。部屋に入るとなんとなく女性の香りがするような気がした。テレビや本でよく言っているこのセリフは本当だったのだと彼は妙に関心した。
食事は鍋物だった。靖子があらかじめ材料を準備してくれていた。楽しい話しをしながらみんなで鍋を囲むと、よく食が進むというのは本当だった。最初はサークルのメンバーの話題が中心だったが、次第にそれぞれの子供の頃の楽しかった思い出とか、誰にも言えない恥ずかしい体験など話しはどんどん広がっていった。
食事とおしゃべりが一段落したところで、靖子と美貴は一つの女性雑誌を二人でめくり始めた。ファションのことやヘアスタイルのこと、それから相性占いのことがその雑誌には書かれているようだ。正志はさすがにその話題にはついていけず、少し場違いな所に来てしまったなあと思った。そして、その孤独さから逃れる突破口をなんとかして切り開こうと考え始めた。
彼はもともとアルコールは弱い方ではなかった。ただ、二人の女性から何度もビールを勧められていたので、少し飲み過ぎていたのも事実だ。
「ちょっと飲み過ぎた。寝るから膝枕してくれ」
アルコールの勢いも味方して、彼は靖子に冗談半分でそう言ってみた。どちらか言えば靖子の方がこういう頼みを引き受けてくれそうな期待があった。
「ええ、私でよければ」
そのOKの言葉は彼にはやはり意外だった。彼がしばらく躊躇していると、彼女はタイトスカートの膝の辺りをポンポンとたたいて、早く来るように催促した。彼は前に読んだことのある漫画のヒロインがそうしていたのを思い出し、そのかわいいイメージと靖子のしぐさがだぶって妙な気持ちになった。