その翌日の夕方、正志がサークル室に顔を出すと、川野和樹と吉田靖子と他三人ほどが集まっていた。ここには講義のあいまの暇な時間に集まって来るメンバーが多い。文章を考えている者もいれば、単におしゃべりのために来ている者もいる。普段このサークル室はそんなふうに使われていた。
ところで、川野は顔に似合わないテーマの論文に現在取り組んでいた。つまり、恋愛におけるタブーの形についてという内容をまとめようとしていた。彼は正志の顔を見るなり話し掛けてきた。
「おい小川。恋愛のうちでタブーと思われるのはどんなものだと思う?」
「そうですね。優生学的に言えば親族間の恋愛、道徳的に言えば既婚者との不倫ってところでしょうか」
「まあ、それははっきりしているな。でも、親族と言っても、例えばいとこ同志だったらいいんだろ?」
「ええ、日本の法律では、いとこ同志は結婚が認められていますからねえ。でも、国によってそのへんの事情はだいぶん異なってきますからねえ。日本でも昔は、おじと姪なんていうのもあったらしいですよ」
「それはそうだな。ところで、話しをぐんと広げるけど、グループ内恋愛についてはどう思う?」
「グループ内恋愛?」
「そう、例えば社内恋愛とか、クラブ内恋愛とか」
「難しいところですねえ。でも、僕はやっぱりタブーの一種だと思いますが」
「それじゃ聞くが、タブーの理由は優生学的にか、それとも道徳的にか?」
川野のその質問に対して、正志はさすがに言葉を詰まらせた。きっとサークル内の秩序が乱れることが問題なのであろう。そうであれば、確かにタブーとは言い難い。正志はとりあえずそう納得したものの、少なくとも自分はそんな恋愛はしたくないと思った。川野はさらに先を続けた。
「確かに俺もあまりいいことだとは思わない。しかし、お互いが好きになってしまったら、しかたないんじゃないかと思う。秩序を乱さない限り、そう責められるものでもないだろう」
「もしかして川野さん、文芸サークル内で恋愛でもしてるんですか?」
「ばかなこと言うな。そんなんじゃない」
川野はいくぶん動揺した様子で、急に話題を変えてしまった。
その後正志は、話しの切りのいいところで先に失礼することにした。彼がサークル室を出て廊下を歩いていると、誰かが小走りで追い掛けて来た。振り返って確かめると、それは靖子だった。
「小川さん。今度二人で遊園地にでも遊びに行きませんか?」
「えっ、遊園地?」
「そう、遊園地」
「うん、別にいいよ」
「じゃあ、いつにしますか?」
「さあ、いつにしよう?」
「明日は祝日ですけど、都合悪いですか?」
「えっ、明日? いや、いいよ」